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早く起きた朝は

7月30日
読了時間: 2分

ここ最近の涼しさで



散歩のハードルが下がり、今朝は朝散歩へ。





と、そのまえに


サロンの駐車場が草ぼうぼうだったので


むしってからでかけました。




ビーサンだとそのまま汚れた足を洗えてなんて楽なんだろう・・・
ビーサンだとそのまま汚れた足を洗えてなんて楽なんだろう・・・



あたりまえだけど


朝早く起きると午前の時間が長く感じて


得したような気持になった。






8月のサロンの準備などをしつつ


まだ決められないこともあり


ちょっともやもや。





毎月、同じようなことを繰り返しているけど


それが出来ていることが


いつもよりありがたく感じた。





大きな災害がおきたとき


自分がその外野にいる立場のときに


必ず湧いてくる





「あたりまえの日々への感謝」


の気持ちだけど





すぐに忘れて、今まで通りに戻っていく


平和にボケてますよね。





平和な毎日だからこそ


普段は考えないことがあります。





でも、大きな出来事に触れるたび


その問いが浮かんでくる





「自分の生きる意味」について


もう一度考え直した方がいいタイミングなんだろうか。





何を失ってもいいのか


何を失いたくないのか


この人生でなにを大切にしたいのか





と考えると


家も失いたくないし、仕事も家族も友達も


みんな失いたくない。





つよいエゴが出てきました。





とくに家族の生死については


考えたくないとさえ思う。






でもそこは


自分のエゴでコントロールできるわけもなく


突然の事故や自然淘汰もおきるときは起きてしまう





起きた自分を想像すると


感情がぐらぐら揺さぶられて


想像をかき消そうとする。





その一連の心の揺れを視て


からだをこわばらせていることに気づく。






こうやって想像するだけで


からだはかたくなっている。





このメカニズムに気づくと


不安で心を満たすことは


からだに毒なんだということに気づきます。






かたくなったからだは心も硬くして


やがて大切なことを見失っていく





この人生で大切なこと、人はかわらないけど


「今」を不安でいっぱいにしないで


今、自分にできることを


ひとつずつ丁寧に積み重ねていけばいい。





自分の生きる意味は


そういうことの積み重ねなんだと思います。










 
 
 

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