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プロフィール

登録日: 2025年8月8日

記事 (267)

2026年8月7日2
暦に対しておもうこと。
8月6日から「立秋」 ヤダヤダ、まだ暑いじゃんと思いますが 「陽」から「陰」への矢印の向きは変わっているわけです。 暦をみると 今より先取りのことなのでずれている気がして いまいちピンとこなかったりするかもしれないけど 暦に沿って暮らすことで こころとからだの準備ができる。 動くべき時に動き 休むべき時に休むとか 「自分」と「自然」を折り合わせるガイドだと 感じています。 物事の始まりって数値化できないし いつも曖昧に始まって曖昧に終わる。 だからこその「目安」としての暦ですよね。 わたしは自営業になってから 暮らしにルーティーンがあることは ありがたいことだなと思うようになりました。 自然の法則に寄り添って生きるって 余計なことを自分で考えなくていいので楽だなと 最近は思います。 昔はそんなって楽しいのかなあ? 決まったことを、繰り返すだけじゃん なんて単純に思っていたのですが そのまま生き続けたら 世の中の流れに流されていることに気が付かないで 完全に自分を見失っていたと思います。 基盤となる「暮らし」は なるべくシンプルにあり...

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2026年8月1日2
くだらない仕事
仕事をしていると 自分がしていることは世の中に本当に役に立っているんだろうか? なんて、多くの人が一度は考えたことがあると思います。 実は私も最近そう考えました。 震災が起きて 人命救助のお仕事の方や 衣食住に直接かかわる仕事は まず「命」を維持するために絶対必須だし 私がやっているような 「自然治癒力を上げる」 というコンセプトのケアサロンは 命の局面に立った時、当然後回しになる。 それは基本的な生活があったうえで やっていけることだから そうなると自分がしていることは くだらないことなんじゃないか という気持ちになってくる だけど 生きる上で癒しや喜びがない世界 そんな世界に生きられるだろうか? わたしは難しいと思った。 生きる生活の地盤があったうえで 物資などが乏しくなった状況で わたしは今の仕事をどうとらえるだろうか。 すでに達観していて物欲などがあまりなく 仏教などの教えと大切な人と自然があれば わたしはそれでいいんですとおっしゃっている とある自然療法家の方のコラムを読んで だけどその方が言っていることは 今まであったものが手に入らなくなっても...

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2026年7月30日2
早く起きた朝は
ここ最近の涼しさで 散歩のハードルが下がり、今朝は朝散歩へ。 と、そのまえに サロンの駐車場が草ぼうぼうだったので むしってからでかけました。 ビーサンだとそのまま汚れた足を洗えてなんて楽なんだろう・・・ あたりまえだけど 朝早く起きると午前の時間が長く感じて 得したような気持になった。 8月のサロンの準備などをしつつ まだ決められないこともあり ちょっともやもや。 毎月、同じようなことを繰り返しているけど それが出来ていることが いつもよりありがたく感じた。 大きな災害がおきたとき 自分がその外野にいる立場のときに 必ず湧いてくる 「あたりまえの日々への感謝」 の気持ちだけど すぐに忘れて、今まで通りに戻っていく 平和にボケてますよね。 平和な毎日だからこそ 普段は考えないことがあります。 でも、大きな出来事に触れるたび その問いが浮かんでくる 「自分の生きる意味」について もう一度考え直した方がいいタイミングなんだろうか。 何を失ってもいいのか 何を失いたくないのか この人生でなにを大切にしたいのか と考えると 家も失いたくないし、仕事も家族も友達も みんな失いたくない。...

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