時間が溶ける
- mari okano pikake
- 5月13日
- 読了時間: 2分
SNSなどを
ダラダラと見続けてしまうことはありますか?

なぜそうなってしまうのか
メカニズム的なものがあるのだろうか
今朝、わたしは
たまたまスレッズで上がってきた
シンママと元旦那の養育費についてのやりとり
「給料から差し押さえ」
という法的処置が取れるという話題に
へぇ!そうなんだ
同じシンママでもあるまいのに
首を突っ込こみ、それについたコメントや
過去投稿なども追っていたら
あっという間に30分時間を溶かしていた。
人生の中で30分は短いが
1日にして考えてみると
30分は結構貴重である。

仕事の準備をする時間や
自分を整えたりする時間
30分あったら
結構いいパフォーマンスが出来るわけ
情報収集をしようと意図して
snsを見るのはいいと思うが
何気なく、だと
時間=人生を少しづつ削ってしまっている。
わかっているのにやめれられない
なぜそんなことが起きるのだろうか。
わたしなりに考えてみた。
溶かした時間=空虚な時間を埋めようとする欲
なのではないだろうか?
人は空いている所があれば
何かで埋めようとするので
手短なところで自分を満たそうとする。
空虚と
あえて「スペースを空けておく」ことは
全く別物
「意識的」か「無意識」かの違いでもある。
何が違うのか。
決めるか、決めてないか
だと思う。
朝、朝食を食べたり歯を磨いたり
絶対にやることは決まっている
というか「決めている」
自分を整える時間
(たとえば散歩、瞑想、ヨガなどの軽い運動)
は「決めてない」
その違いなんじゃないか。
もう一度言いたい。
時間=人生
わたしは今日、何に時間を渡したんだろう。






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