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執筆者の写真mari okano pikake

瞑想は次元を行ったり来たりしている。


江の島へ行って来ました。


地震からの大雨で、大地や天が調整をかけているのでしょうか?




弁天橋を渡る時、いつもより長く感じた。


この橋こんなに長かったっけ?


横風が足にあたり、履いていたタイパンツもびしょぬれ、


なめていたのか、ビルケンのかかとナシタイプの靴を履いていたので


つま先立ちで弁天橋を渡る!


ちょっと違うけど、千と千尋の気分でナチュラルハイ


滑稽なこの私をむしろ誰かに見てほしいと思うが


振り返っても誰もいなかった。




靴下もびっちょりになったので、


神話塾のサロンで靴下を干させてもらった。


デロンギのストーブの上に6枚重ね履いていた靴下干すところの写真を


撮ればよかったと後悔しながらも、


少し長い、50分くらいの瞑想をしました。




「瞑想」といってもいろんなものがある。


マインドフルネスのようにイメージ的なものは排除して


「いまここ」にマインドを置くようなものから


ビジョンを誘導し、イメージする瞑想


呼吸を意識するものなど



効果があるのだろうか?


わたしは瞑想をすると「感じ取ろう」として


思考が先立ってしまったり、


感じ取ったことに対して疑いをかけたり


あらゆる過去の出来事が蘇ってきたり


やらなければいけないこと、


今後の予定のことなどが浮かんで来ては


いけない、集中しないとと自分に言い聞かせたりしていた。



瞑想もプロセスが進むと


リラックスすることが大事とわかる。


「寝ていてもいい」といわれるが


寝ちゃだめだろ!集中しろ!とかつては思っていた。


でも、どのような状態でもそれはそれでよいと思うのです。




瞑想の目的とはなんだ??と聞かれたら


「覚醒すること」という言葉を返すかもしれないけど


覚醒するってずーっと覚醒しているわけにはいかないし


私たちは3次元で、生身の人間として生きているので


ぶっ飛んでばかりもいられない。



今回の瞑想は50分と長かったので


思考の世界にいたり


眠くなってα波の中にうつらうつら身を委ねていたり


または誘導に合わせて手をおなかにあててみたり


大いなる存在をふと感じるようなことがあったり


その空間にただ身を委ねていたのですが


その50分という物理的な時間軸というのも割と幻想のように感じた。


3次元的に言えば間違いなく50分でしたが。




おわかりかもしれませんが


瞑想中は3次元から、また別の次元を行ったり来たりしている。


少しばかり高次元に触れると


その次元というものが確かにあるんだなということがわかる。


自分が思考的になっていたとしても


この後何食べよう?とか考えていたとしても


高次元のエネルギーはただそこに流れている。



その感覚を持ったうえで


現実の世界に戻る、そして毎日を過ごすこと


瞑想も積み重ねることで、次元も少しづつ上昇する。


それが瞑想の目的だと思います。


私は瞑想をさぼったりするので、


神話塾に行くとやっぱり瞑想した方がいいよね~と思います('◇')ゞ







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